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コラム26

コラム26

『こころ』

私たちは、食べ物から栄養を得て生きています。

そして、健康を保つために食べ物に気を使ったりしています。

当然、腐ったものを食べると病気にかかるし、暴飲・暴食をすると、体が不調をきたします。

これは、”こころ”にも当てはまります。

では、”こころ”の栄養って、どうしたらとれるんだろう。満たされるんだろう・・・。

愛されること?

愛すること?

お金持ちになること?

ストレスがないこと?

夢が叶うこと?

上記のような出来事でも、こころの栄養は取れると想います。

でも、それらは、一時的な栄養補給にすぎません。

なぜなら、愛してた人から裏切られたりすることもあるし、

愛してたはずなのに・・・なんて、感情にもなるし。

その瞬間・瞬間は満たされることがあっても、いとも簡単に崩れていく要素が含まれています。

体の健康と同じように、”こころ”の健康も日々気をつけなければいけません。

それも、ちょっとしたことに気をつける、その積み重ねで

”こころ”の健康は長期的に続くことになります。

その積み重ねとは、

できる限り、

美しいものを見て、

(習慣的には、こういう人の接し方いいな。とか、この人の歩き方綺麗だな。とか)

そして、

美しい声を聞いて、

(習慣的には、この人の話し方いいな。とか、すごい!とかありがとう!とかをよく聞く環境に身を置く。)

そして、その美しいものや声から、上記の()に書いたように感じることである。

そのような環境に身を置くようにするためには、

まずは、自分自身が不平・不満を言わずに済むように、律することができるかどうか。

類は友を呼ぶ。

それができるようになったら、自ずと”こころ”の健康が保てる環境となってきます。

もし、嫌な光景を見てしまったり、聞いてしまったら、

そっと、その環境から逃げることです。

ただし、勘違いしてはいけないのは、その嫌な光景や声の原因が自分にあるとしたら

決して逃げてはいけません(助けを求めることはOK)。

これも一種の自分を律すること。

”こころ”の健康が保たれている人は、

何があっても・どんな時でも、感謝することができる人なんだと想う。

その境地に至るまでに、自分を律し、

”ありがとう”といっぱい言うこと(=些細なことにでも、感謝できること)。

そして、同じように

”ありがとう”といっぱい言われること。

すなわち、”ありがとう”ポイントを貯めることです。

この”ありがとう”ポイントが全部たまった人が、

恩恵として、

何があっても・どんな時でも、感謝することができる人なんだと想う。

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