『こころ』
私たちは、食べ物から栄養を得て生きています。
そして、健康を保つために食べ物に気を使ったりしています。
当然、腐ったものを食べると病気にかかるし、暴飲・暴食をすると、体が不調をきたします。
これは、”こころ”にも当てはまります。
では、”こころ”の栄養って、どうしたらとれるんだろう。満たされるんだろう・・・。
愛されること?
愛すること?
お金持ちになること?
ストレスがないこと?
夢が叶うこと?
上記のような出来事でも、こころの栄養は取れると想います。
でも、それらは、一時的な栄養補給にすぎません。
なぜなら、愛してた人から裏切られたりすることもあるし、
愛してたはずなのに・・・なんて、感情にもなるし。
その瞬間・瞬間は満たされることがあっても、いとも簡単に崩れていく要素が含まれています。
体の健康と同じように、”こころ”の健康も日々気をつけなければいけません。
それも、ちょっとしたことに気をつける、その積み重ねで
”こころ”の健康は長期的に続くことになります。
その積み重ねとは、
できる限り、
美しいものを見て、
(習慣的には、こういう人の接し方いいな。とか、この人の歩き方綺麗だな。とか)
そして、
美しい声を聞いて、
(習慣的には、この人の話し方いいな。とか、すごい!とかありがとう!とかをよく聞く環境に身を置く。)
そして、その美しいものや声から、上記の()に書いたように感じることである。
そのような環境に身を置くようにするためには、
まずは、自分自身が不平・不満を言わずに済むように、律することができるかどうか。
類は友を呼ぶ。
それができるようになったら、自ずと”こころ”の健康が保てる環境となってきます。
もし、嫌な光景を見てしまったり、聞いてしまったら、
そっと、その環境から逃げることです。
ただし、勘違いしてはいけないのは、その嫌な光景や声の原因が自分にあるとしたら
決して逃げてはいけません(助けを求めることはOK)。
これも一種の自分を律すること。
”こころ”の健康が保たれている人は、
何があっても・どんな時でも、感謝することができる人なんだと想う。
その境地に至るまでに、自分を律し、
”ありがとう”といっぱい言うこと(=些細なことにでも、感謝できること)。
そして、同じように
”ありがとう”といっぱい言われること。
すなわち、”ありがとう”ポイントを貯めることです。
この”ありがとう”ポイントが全部たまった人が、
恩恵として、
何があっても・どんな時でも、感謝することができる人なんだと想う。