『認める』
ありのままのあなたを認めることができたなら。
そして、
ありのままの私を認めてもらえたなら、、、
こんな幸せなことはないのだけれど、現実は、そんな単純にはいかない。
余計な感情が物事を複雑にし、
”あなた”は”あなた”
”わたし”は”わたし”という単純な固有名詞の理解を妨げる。
その気持ち分かりたい・認めたいと想えば想うほど、
”分からない”・”分かりたくない?”・”認めることができない”と
グルグルと同じところを行ったり、来たり。
そして、自分を責めたり、責められたり、相手を責めたり、、、
こうなると、心ここに非ず。
”悲”しい結末となる。
”認める”ためには、もしくは、”認めてもらう”には、”忍”ぶしかないのである。
”心”が”刀”を研ぎ澄ました”刃”を支えている。
そう、”忍”とは、心を強く保つことである。
その”心”が備わった時、”認める”ために、
そして、
”認められる”ために、
言葉で表現出来る”あなた”と”わたし”になる。
ここまでくると、”あなた”の・”わたし”の心を受け取ることができる。
そう、これこそが ”愛”なのである。