『◯◯だからではなく、◯◯として』
突然ですが、ご兄弟はいらっしゃいますか?
最近は一人っ子の方も多いかもしれませんが・・・。
例えば、お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい!
妹なんだから、おさがりで我慢しなさい!
この”◯◯だから”が、くせ者です。
社会人になれば、なおさら、”新人なんだから”、とか、”役職者なんだから”・・・とか。
家庭では、”男なんだから”、とか、”長男なんだから”、とか。
ただ、言わんとすることは理解できる気がします。
お兄ちゃんだから、先輩だからと、人ぞれぞれ立場や役割があることを。
この◯◯だからの、行き着く先は、”〜しなければいけない”と決めつけられていること。
『◯◯だから、〜しなければいけない。』という方程式。
そこで、◯◯だからではなく、”◯◯として”と考えてみてはどうだろうか?
兄として、どうすべきか?
兄弟喧嘩をしている時に、叱るにしても
お兄ちゃんなんだから、妹に優しくしなさい(優しくしなければいけない)。
ではなく、
兄として、妹にどう接するべきなのか?という考えを持って叱ることができます。
”◯◯として”では、自分自身がどうあるべきか。という考えが反映され、
”◯◯だから”よりも、本質を捉えることができるのではないでしょうか?
もし、一緒にその問いを考える時には、本人(ここでは、兄)にも主張の自由が与えられる
ような気がします。
そうなると、その主張を全うしたいという気持ちにならないでしょうか?
理学療法士として、どうあるべきか?
自身の考えや哲学を当てはめてもらいたい。