『謙虚』
言葉に兼ね備えたものを持っていても、どこか虚しい。。。
”謙虚”とは、
・控え目で、つつましいこと。(デジタル大辞泉)
・へりくだって、相手の意見などを受け入れること。(デジタル大辞泉)
何だか、弱々しく感じるが、
”謙虚”とは、虚しさを超えた先に訪れる感覚なんだろう。
それに、気づけるまでに何度挫けただろうか。
”挫”:手で押さえられて(押さえつけられて)、坐っている(坐らされている)状態。
この手の押さえがなくなった時、
もしくは、
手の押さえを感じなくなった時、(物理的には、押さえられているのだけど、、、)
単に人が坐っている状態。
すなわち、”坐禅”。
無の境地。
この無の境地に達するまでに、人は”悟”らなければならない。
”悟”は吾の心。
思い通りにいかなくても、出る杭が打たれようとも、
挫けていないで、
悟り=自分の気持ちを確かめよう。
そのあと、吾の気持ちを言葉にするんだ。
すなわち、”語(れ)る”ということ。
”謙虚”な人は、実はものすごく”強い人”。
どんなことが起ころうとも、自分を見失わない”強さ”を持っていて、受け入れることができる”人”。
自信がなくて、怯えているんじゃなくて、
何が正しいかわからなくて、、、
だって、人それぞれ価値観があって、正解が違うことを知っているから。
でもね、信念がなくなったわけではなくて、
強い信念(想い)があるからこそ、
その人の正解を求めて、伝えたくて、自信を持とうと、強くいたいと、もがいているんだ!
その想いこそが、”謙虚”の始まりである。